広島散策(2019.3.26) - 芸予諸島山巡り[1/6]
|
|
---|---|
☆期日/天気/山行形式: 2010年3月26日/ 晴/ 6日間の単独山巡りの初日 |
|
広島城お堀の遊覧船 (画像をクリックすると拡大) |
|
<行動時間> 宮崎台[7:32]=あざみ野=新横浜[8:21]=(ヒカリ473号)=[11:00]新大阪[11:20]=(サクラ553号)=[12:46]広島[13:09]=(広電バス 180円)=[13:18]合同庁舎前-広島城(13:22/14:59)-原爆ドーム(15:18/15:25)-平和記念公園(16:02/10)-原爆資料館(16:14/17:07)-(17:17)袋町駅[17:19]=(広電本線 280円)=[17:30]銀山町駅-宿舎 |
|
☆ルートの概況 |
|
広島駅前ターミナルは、広電の電車と多方面への路線バスが出ていて、なかなか込み入っています。 幸い、案内人が何人か出ていたので行き先を告げ、乗り場を教えてもう事ができました。 路線バスで10分たらずの "合同庁舎前" から先に進むとすぐ満々と水を湛えた堀端に出ました。 |
|
大きな馬出しになっている二の丸跡から城内に入ると広々した本丸広場がありました。 内外の観光客が大勢歩いる広場の脇を真っすぐ進んで行くと裏手の石垣の縁に突き当たりました。 左手の石垣に沿った桜並木が三分咲きになっていてその先の方に5層の天守閣が立っていました。 |
|
(画像をクリックすると拡大) |
天守閣の内部は展示館になっていて広島城の歴史、歴代藩主関係の資料、原爆で消滅した昔の街の写真などを見ることができます。 最上階は展望テラスを巡らせ、4方の展望が得られました。 左の写真は原爆爆心地方向の景色です。 |
(画像をクリックすると拡大) |
下の方を見下ろすと芽吹きの並木に沿った水濠の中を遊覧船が行き交っていました。 |
お城を見たあと巨大な体育館の脇を通って旧太田川の川岸に出て南に進むと相生橋があり、その袂の道路を渡ると原爆ドームがありました。 グループツアーで来たらしい外国からの人たちが多いように見受けました。 |
|
原爆ドームの南に架かっている元安橋を渡ると平和記念公園に入りました。 道に右脇の小広場に原爆の子のモニュメントが立っていました。 居合わせた人達の大半は他所の国から来た人達でした。 |
|
原爆の子の像の道向に平和の灯があり、その背後からまっすぐ、公園の真ん中を貫くような形で平和の池があります。 |
|
池の南側にある原爆死没者慰霊碑のまわりにも大勢の外人グループがいて熱心に案内人の説明を聞いていました。 不純な動機による政治抗争に巻き込まれる不幸な歴史があったことがブレーキになったにせよ、人生の終わり近くになるまでここを訪ねなかった自分を咎めました。 また、米国の鼻息伺いに終始し、自前の考察を怠り、世界に向けて核兵器廃絶を訴えない、我が国歴代の政治権力者達のことを、とても情けないと思いました。 |
|
最後に原爆資料館を見学しました。 平和記念館が改装工事中のため、原爆遺品の展示は一時的にこちらに移動されていました。 淡々として事物の展示は、寡黙にして雄弁! 国の指導者の過誤が原因で自分と同世代の多くの子供達の生命が無残に断ち切られたこと、また、戦場で何十万もの前途有為な青年達の生命が失われたことに対する怒りを感じました。 |
|
詳細ルートマップ (下の画像をクリックすると元サイズの地図が表示されます) ★GPS軌跡の記録と地点位置の補正 は Android アプリ 山旅ロガーと 地図ロイド。 ルートマップの作図には Windows 山岳展望アプリカシミール3D。 ベース地形図は国土地理院新版 淡色レベル16 を使用しました。 ルートの詳細を伝えるため元図 は大きなサイズになっています。 ダウンロードしたら適宜縮小するか 要所を切り出して印刷、利用して ください。 縦横比は維持していますが縮尺は 不明です。 国土地理院の紙地図と 照合してください ★上の地図の GPS 軌跡と地点マーク 情報を一括圧縮した ZIP 書庫。 解凍するとそれぞれの gpx ファイル が得られます。 Googleフォトアルバム: 広島城-平和記念公園(26March2019) (撮影地点の経緯度情報が付いた元画像のアルバムが見れます) |
|
☆おわりに |
|
ページ先頭へ |
|