南房総、伊予ガ岳-富山(2008.3.17)



☆期日/山行形式:
2008年3月17日 単独、日帰り
☆地形図(2万5千分1): 金束(横須賀2号-1)、保田(横須賀2号-3)

☆まえがき
    2月の3週間の入院のあと、まず長瀞の宝登山で足慣らしを行い、つぎの週には源氏山オフミに参加して、いくらかは歩けそうな気がしてきたのでもう少し長い距離をと、南房州まで足を延ばして、伊予ガ岳(336.6)から富山(349.5)に登ってみようと考えた。

  伊予ガ岳は、房州の妙義山とも言われる、トンガリ度第一級の尖峰で以前から気に懸かっていた。
山が小さく、場所も遠いため、足が向かないままになっていたのだが、早春で、体調に問題があるこの時期の山行先として最適と思われた。
短時間で登降できるので、もし時間・体力に余裕があったら、3Km ほど西にある富山(349.5)を越して岩井駅まで歩けばよいトレーニングになるに違いないと思った。
富山は里美八犬伝伏姫の籠窟が西の谷間にあり、頂上の展望も優れている、と言う。

  晴天の予報の日を選んだのだが終日薄曇りだったが暖かく、ノンビリ南総の春の山里風景を眺めながら山ふたつを登って帰った。


富山頂上展望台の眺め
 (クリックすると拡大、自動スクロール)

☆行動記録とルートの状況
<タイム記録>
    宮崎台[6:04]=錦糸町=[7:34]千葉[7:45]=[9:38]岩井[9:42]=(市営バス\200)=[9:57]天神郷(10:15)-尾根直下の展望点(10:45)-伊予ガ岳(11:00/15)-富山分岐(11:35)-国道(11:45)-富山登山口(12:30)-富山北峰(13:00/13:30)-林道(13:50)-伏姫の籠窟(14:05/15)-(15:00)岩井駅[15:21]=(サザナミ#16)=[17:04]東京=大手町=宮崎台


◆南房州、岩井までは結構遠い。
久しぶりに早朝に起き出し、6時前に家を出た。
錦糸町で乗り継いで千葉のあたりまで行った頃ラッシュアワーになって人が増えたがその先はまた閑散になって行った。
沿線の景色も金谷あたりまで進むと、山が海に迫ってきて、対岸の三浦半島と良く似た地形になった。

  鋸山の下をトンネルで抜け、保田、勝山を過ぎれば岩井駅だ。
駅前広場に派手な黄色のバスが居た。
ドライバーに伊予ガ岳の方に行くかどうか確認した上で中に入ると、地元の年寄りが5、6人乗っていた。
内陸部の伊予ヶ岳登山口に近い所にあるコミュニティー病院への通院の足になっているようだった。
15分ほどで着いた病院で皆降りて行ったあと、僅かで登山口の天神郷についた。
  バス停の前にこじんまりしたビジターセンターがあった。
戸が閉まっていたが、入り口脇に伊予ガ岳の紹介を記した看板が掛かっていた。
  山容が伊予の国の石鎚山に似ているのでこの名がついたという。

  山岳信仰が盛んだった時代の行者の行動範囲の広さを示している、と思った。

  登山ルートは天神社の参道で、社殿の後ろに険阻な頂が聳え立っている。

  社殿の左側の道を進み、小学校の給食施設の前を通り過ぎると壊れかかった小屋の先で山道に入った。

  杉林を抜けたところは梅林で、白い花の上に険しい頂が見えた。


  登山道はこれほどまでやらなくてもと思うくらい整備が行き届いていた。
はじめは杉林の緩やかな登りだが、まもなく常緑樹の多い暖地林の中に入ると傾斜が強まる。

ひとり、また一人、若い男が降りてきた。
山が小さいので、2時間もあれば登降できる。
朝登りだせばこの位の時間に降りて来られるのだろう。








  直進すると富山方面で、頂上へは右に折れ登るよう指示する道標が立つ分岐があった。







  分岐点からさらに登ってもう少しで尾根の背に上がるという所で視界が開けた。
  背後に富山の双耳峰が綺麗だ。(下)
頂稜のつながり具合がなんとなく後立山の鹿島槍に似ている


伊予ガ岳尾根下からの富山  (画像をクリックすると拡大)



  展望点から僅かで東屋の立つ尾根に上がった。

  東屋の前で折り返し、尾根上の道を歩いて頂上に向かうとすぐに固定ロープ取り付けられた急坂が見えてきた。
頂上肩まで、登降差50m 程のところが泥混じりの急な岩尾根になっていた。
両側は藪ッぽいが、左側は切れ落ちている。

  やがて傾斜が緩み頂上の裏側の段に上がった。
野外テーブルが設けられていたのでそこにザックを置いて頂上に上がった。
幅2m で奥行き5m  ほどの岩頭で、鎖の手すりに囲まれている。

  切り立った尖峰の突端だから展望は申し分ない。
海と山への展望が開け、西のかた正面に富山、右手遠くに鋸山が見えた。

伊予ガ岳頂上西方の展望  (画像をクリックすると拡大)

   頂上から降り、野外テーブルに座って喉を潤したあと下山にかかった。
すぐにフィックスドロープの下りになった。
高度感はないが、足場が良くない。
濡れていたら、敬遠したくなるような嫌らしい所だ。

  東屋の鞍部に戻り、その後ろの高みに上がると、穏やかな平久里(ヘグリ)川谷が広がっていた。
先の方にピョッコリ尖がった山が立っていた。
気になったので調べてみたら、南房総最奥の山のひとつで、御殿山(363.9)ということが分った。
機会があったら登ってみたい。
今朝乗ってきた市営バスの終点付近に登り口があるようだ。

伊予ガ岳頂上南方の展望  (画像をクリックすると拡大)


  分岐点を直進して富山に向かうルートを下った。
暖地林の中をひと下りすると左のような板橋の架かっているところに降り着いた。

  橋を渡って対岸の坂を上って行く途中、うしろを振り返ると今降りてきた山の頂が空高くそそり立っていた。

  高みを乗り越すと畑の端に出た。
僅か下っていった所で左のような道路に出た。

  どちらに行くべきか分り難いが、向かい側のガードレールに白い道標が取り付けてあり、左に進むよう矢印が記されていた。

  左に進み、峠状の高いところから折り返すような形で坂を登ると丘陵の上を通っている舗装農道に上がる。

  道端に草原が広がり、たくさんの花が咲いていた。

うしろを振り返ると尖峰を突き立てた伊予ガ岳。

  行く手には富山の双耳峰が見えた。

  まばらな集落の端には夏蜜柑(伊予柑?)の畑があった。


  緩やかに上下しながら進んでゆくとまた車道に突き当たる。

  出口の道標は分りやすいのだが、先の入り口が分りにくい。
道の向かい側の民家の庭にいた人に教わって左手に50m ほど進むと続きの入り口があった。

  拡幅工事中の道を緩く登ってゆくと徐々に高度が上がり、視界が開けた。

  ゆるやかな谷のそこかしこに散在する人家のさまと、奥手に見える伊予ガ岳の取り合わせは、なんとなく阿武隈に似ているように思った。

  道なりに進んでゆくと左のようなスイッチバックがあって、左手に上がって行く道の入り口に "富山" と記した道標が立っていた。

  入り口から6、7分ほど進んだところに左のような杖立てがあった。
横に "自由にお使いください。 使ったあとは下山口にある杖立てに返してください" と記した立て札が立っていた。

  ストックを家に置いてきて、幾分疲れてきていた所だったのでありがたかった。

適当なのを一本使わせてもらうことにした。

  舗装された林道といった感じの道を約30分登ったところで東屋の立つ鞍部についた。

  行く手にコンモリ高いのが主峰の北峰らしい。

  北峰頂上へは幅広い階段の道を登った。
大した傾斜ではないが伊予ガ岳から休まず歩いてきてやや疲れ気味だったため、きつかった。

  頂上は広く平坦な広場になっていて、皇太子ご夫妻登山記念碑あり、西端に大きな展望台があった。


  展望台の上から南峰はすぐ近くだった。

  西から北の方にかけては、ページ冒頭のような広大な展望が得られた。

  秋から冬にかけての大気が澄んだ日に来れば素晴らしい眺めが楽しめるに違いない。
  下山は西の谷に下り、里見八犬伝の伏姫の籠窟を見て行くことにした。
東屋の鞍部の先に進むと縁結びの杉が立っていた。
そのの先に左のような十字路があり、左は南麓の福満寺へ、右手は伏姫の籠窟へ、と記した道標が立っていた。

  右手に下って行くのはかなり急な階段道になっている。
降り口の少し下にあった水場の水が美味かった。

  辛抱強く階段を踏み続けて谷底の舗装車道に下った。
出口には富山の頂上まで1.2Km と記した道標が立っていた。


  伊予ヶ岳北峰と富山南峰を省いたせいもあるが思ったより順調に歩けていて時間が早い。
クールダウンを兼ね、谷底の舗装車道をブラブラ歩いた。
伏姫の籠窟は立派な築地造りの門の中で、その横手にはトイレつきの休憩所があった。


  門を潜り、杉林の中の石段を登ってゆくと10m 四方くらいの休憩台があった。
台に上がると向かいの斜面に籠窟が見えた。


  籠窟から下の道に戻り、先に進んだ。
道端のところどころが花畑になっていた。
栽培されているのは大部分スイセンだったが一部の菜の花畑は満開の花盛りで、芽萌きの森とともに春を知らせていた。

  あっけなく山が終わって中学校の脇に出た。
行程最後の部分の里道は分りやすいルートをと国道に出たが、車の往来が多くて、あまり気分が良くなかった。
学校の下手にある貯水池の土手を通って裏道を歩いたほうが良かったかも、と思った。

  高速道の下を潜り、内房線の踏切を渡ると岩井の町の大通りに突き当たる。
海水浴場があるため、民宿が多いようだ。
学生時代に友達の実家がここにあり、何日か泊りがけで遊びに来たことを思い出した。
50年も昔のことになる。

  駅前通りへの曲がり角の八百屋で土産を買った。
ビワの産地ということでその味を生かした駄菓子だった。

  帰りは特急に乗った。
普通列車を乗り継いだ往路では3時間半近くもかかったが、帰りは1時間半あまりで東京駅に着き、家に帰り着くのに2時間半あまりで済んだ。

                                                                                                          ページ先頭へ
☆おわりに
    小さいながら個性ある山ふたつに登り、眺めの良い里道も歩いて楽しい低山ツアーをしながら、リハビリトレーニングができた。

  房州には高い山はないが変化に富んでいる点では、ほかの山域に引けを取らない。
細かく入り組んだ複雑な地形と、あちこちで見かける穏やかな山里風景は、阿武隈あたりと同様、日本の原風景だと思う。

  足腰の方はある程度まで取り戻せてきているような気がする。
このあとは、もう少し高度差があって距離が伸びる山をトライしてみようと思っている。