![]() 沼津アルプス、大平山-鷲頭山-徳倉山-横山峠 (2006.3.3) ![]() |
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☆期日/山行形式: 2006.3.3 単独日帰り ☆地形図(2万5千分1): 韮山(静岡2号-2)、三島(静岡2号-1)、沼津(静岡2号-3) ☆まえがき 風邪が長引き、2月の後半は、ほとんど家に引き篭ったままで終わった。 錆付いてしまった足腰を解すリハビリ山行の行き先は、暖かい土地の低山が良かろうと、行き先を検討した。 以前から気になっていた冬向き低山リストの中からふたつ、千葉の鋸山か、沼津アルプスか、いずれがよいか、と言う事になった。 体力的には、前者の方が楽で、リハビリ向きだと思ったが、山としては後者のほうがずっと面白そうだった。 山屋の本能の命令には抗しがたく、疲れたら途中からエスケープすればいいや、という割り切りで、沼津アルプスに行くことにした。 |
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徳倉山南方展望ピークから西伊豆達磨山、金冠山、大瀬崎方面を望む (クリックすると拡大します) |
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行程のあらましは次の通り。 新幹線三島経由、沼津駅に行き、伊豆長岡行きバスで多比(タビ)までアプローチして歩き出し、多比口峠(255)で稜線へ。 峠の南側にある大平山(356)へ往復したあと北に向って頂稜を辿り、多比口峠(255)、多比峠(285)を経て鷲頭山(392)に登頂。 小鷲頭山(315)から急降下して志下峠(165)へ。 さらに、志下坂峠(175)、展望ピーク(282)を経て徳倉山(256.0)に登頂。 横山峠(85)に下った時に、モロモロの状態が良ければ、横山(182)、八重坂峠(115)を経て香貫山(195)まで縦走して黒瀬(10)に下山するが、草臥れて来たら適宜縦走を中断して下山。 バスで沼津駅に戻り、東海道線熱海、横浜からあざみ野経由で帰ろう、という計画にした。 山行の前の日に、冬型気圧配置にも関わらず関東地方の天気が愚図つく "忍者雲" が出たとかで、気象庁がやや神経質になったらしく、あまり芳しい天気予報ではなかった。 天気が悪かったら適当な所から返れば良いやという積りで出かけたのだが、箱根の山の西側は割と好天で空模様も安定し、久し振りの山歩きを楽しんだ。 実際に歩いて見て分かった事は、この山連なりは小振りな低山ながら、急峻な地形が多く、小刻みな登降に加えて、数十m から数100m にも及ぶ固定ロープや鎖の急登降が何箇所もあるハード低山だった。 久し振りの山で疲れ、横山峠から下山したのだが、足腰ばかりでなく、腕や肩まで筋肉痛になるほどだった。 意外に厳しい山だったが、ルートの整備が行き届いていたおかげで危険なところがなく安全に歩き通せたのがありがたかった。 ☆行動記録とルートの状態 <タイム記録> 宮崎台[6:38]=あざみ野=新横浜[7:15]=(こだま#531)=三島=[8:04]沼津[8:15]=(伊豆長岡行バス)=[8:39]多比(タビ 8:45/道に迷う/9:00)-車道末端(一本杉 9:30/40)-多比口峠(10:00)-大平山(10:15/20)-多比口峠(10:30)-多比峠(11:05)-鷲頭山(11:25/45)-志下峠(12:10/15)-志下坂峠(12:40/45)-徳倉山(13:25/40)-横山峠(14:00)-香貫台入口-(14:25)八間町バス停[14:33+3]=沼津駅[15:13]=熱海=横浜=あざみ野=宮崎台 |
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多比(タビ)バス停からのアプローチが分かり難かった。 微地形を把握するため、国土地理院の電子国土サイトから2万分1超の大縮尺地形図をプリントして持って行ったのだが、図上で目立つ二重線車道を進んだのは東に寄りすぎで、幾らも行かない所で行き止まりになった。 強引に山に突っ込むのは止めてもとに戻り、道で出遭った人に正しい道を尋ねてやり直した。 多比バス停前にあるガソリンスタンドの横手から左の写真の店に突き当たった角を左折。 100m ほど行くとクリーニング店に突き当たるのでそこを右折すると正しいアプローチルートに乗る。 |
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集落を出外れようとする所に寺があった。 墓地の横まで行くと前方に山が見えてきた。 すぐにみかん畑の間になり、その枝越しに多比口峠らしい鞍部が見えてきた。(左) 西伊豆の玄関口らしく、常緑樹の多い暖地性の潅木に覆われた山肌は、モコモコと柔らかそうで、なんとなくプードル犬の毛並みを連想したが実体は大違いだった。 |
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バス停から15分ほど歩いた所で山腹を横切っている舗装車道と "T" 字に交わる。 正面に左のような手書き地図を添えた道標が立っていた。 なんとなく素人っぽい所もあるが、作った人の几帳面な親切心が伝わってくるような造作の道標だった。 指示に従ってやや鋭角に右折。 |
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舗装されている割に傾斜が強い林道を進んで行くと右横に直径4m ほどの蛇腹状円筒タンクがあった。 その脇からひと登りした所が一本杉で、左のようにドラム缶の天水貯めがある。 路面には白ペンキで、矢印と "ワシズ、大平山/沼ア登り口" と記され、間違えようもない道案内になっていた。 迷い道も含めて小一時間歩いているし、快適な日溜りでもあったのでドラム缶の脇にザックを下ろした。 道の下にはスイセンの花、路肩の石の横ではスミレが花を開いていた。 |
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ドラム缶の下から左手の山道に入ると、大岩に刻み込んだ階段がある。 そこを上がるとすぐ、山腹を左手に回り込んでゆく巻き道に入る。 幅広く穏やかな山道で気分が良い。 周りの樹林が鳥の塒になっているのか、白い糞が沢山落ちている。 山道の始まりから15分ほど歩いた所でひと登りすると多比口峠だだった。 暖地性の常緑樹に囲まれた小鞍部に道標が立っていた。 |
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右手に向かうとやや急な登りになった。 道の右側は自然林、左側は桧林になっている。 ひと登りで傾斜が緩み、やがて前方の樹木の間が明るくなってきて、大平山頂上に着いた。 頂上広場は密生した暖地林に囲まれているが何箇所か隙間があって遠くの山や海が見える。 南の方に出ている尾根を上がってきた踏跡の出口と思われる所もあった。 最初に迷った時に強引に山に上がれば、多分ここから出てくることになったかも、と思った。 |
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広場の東側には左のようなルート図道標があった。 東方の日守山方面に向って "奥の細道" ルートが開かれていて、途中で北に派生している尾根を下ると1時間20分で新城橋に行けると言う。 "赤線屋" としては、見過ごせない情報で、いずれ再訪しなければならないと思った。 誰もいない静かな頂上でひと休みしたあと、多比口峠に引き返し、そのまま鷲頭山に向った。 |
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常緑樹が多いため視界が利かないが、少し行った所に小ピークがあって、行く手に鷲頭山が見えた。 400m 足らずの低山としては貫禄のある姿だ。 デジカメのシャッターボタンを押したらメモリーカード容量がなくなりました、というアラームが出た。 高を括って48Mbyte と 32Mbyte カードしか持ってこなかったのは失敗だった。 少しでも駒数を増やすべく、画素数の設定を500万から300万に下げた。 |
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この一帯は、ウバメカシに覆われた岩尾根で、小刻みな上下を繰り返して行く。 常緑樹の密林で視界が狭められているので高度感はないが、たまたま木が倒れているところでは岩肌が剥き出しになり、結構骨っぽい岩稜になっていたりする。 大平山と鷲頭山の間の最低鞍部になっている多比峠で右下の戸ヶ谷に行く道を見送ると鷲頭山への登りが始まる。 |
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尾根上に立ち塞がっている大岩の手前から右手の山腹に入り、大きな "逆くの字" を描いて高度を上げる。 ひと登りした所で振り返ると大平山が意外に尖がった姿を見せていた。 左手の尾根の上に戻り、やや急なところを我慢して登り続けていると傾斜が緩み、大きな石灯篭の間から鷲頭山の頂上広場に出た。 野外ベンチが3、4基あり、そのひとつで熟年夫婦が休んでいた。 枯れ草地の適当な場所を選んで腰を下ろした。 前世紀の遺物の尻革を持ってきたため、何処にでも腰が下ろせるのがありがたい。 |
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鷲頭山は連山の最高峰で、麓の村の鎮守の奥社になっている。(左) 広い頂上広場の東西両側は樹木が伐り払われ、東方では箱根の山から天城方面の、西方では西伊豆連山、大瀬崎、駿河湾の展望が得られる。 空模様は予報より大分良く、雲も多目ながら落ち着いた動きを見せている。 富士山を始め、少し遠い山が見えないのは残念だ。 写真を撮ったあと、飲み食いをしながら休んでいたら北の方から単独の熟年男が上がってきた。 先着の二人連れが大平山の方に歩いて行ってベンチが空くと、早速単独熟年が腰を下ろした。 数分後に老夫婦が上がってきた。 どうみても70台後半だ。 |
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このルートは、ほとんどの人が北から南に向う "南行ルート" で歩くようだ。 急な所が登りになって難度は下がるが、富士山に背を向けて歩く事になるのが面白くない。 今回は敢えて逆向きの "北行ルート" にしたのだが、これから差し掛かる難場の下りがどんな具合か、幾らか不安だった。 頂上のすぐ下に30m 程の固定ロープがあったがこれはどうと言うほどのものではなかった。 下りきった所から僅か登った小ピークが小鷲頭山で、中将重衡終焉の地、と記した看板が立っていた。(左) すぐ先から本ルート最大の難所といわれている岩尾根の急降下が始まった。 |
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全長150m あまりかと思われる長い固定ロープが張ってあった。 ロープが丁寧に整備されていて安心して掴まれるのと、常緑樹の密生で視界が限られ、高度感がないのとで、確実な足場を求めつつ辛抱強く下り続けるだけではあったが、昔だったらスタスタ歩いて下った程度の所なのに、とかく脚が強ばり気味となり、ぎこちない歩き方になってしまうのが癪に障る。 途中で登ってきた熟年夫婦とすれ違った。 難場をあらかた下り切った所で、右手の山腹の巻き道に入った。 約100m 程斜降して行った所に中将岩の岩屋があり、格子戸の前に花が活けてあった。 岩の下で折り返して尾根上に復帰し、傾斜が緩んだ所を暫く歩くと志下峠。 そこから登り返すと穏やかな茅戸の尾根に出た。(左) |
![]() これまでとは打って変わってまわりの展望が開け、爽快な稜線漫歩になった。 後ろを振り返ると鷲頭山と小鷲頭山が堂々とした姿で立っていた。 小鷲頭山の北面は垂直に近い崖になっており、降りてきたルートはその左縁の急峻な尾根だったという事が分かる。 僅か下った志下坂峠で小休止。 立ち上がって歩き出そうとした所へ鷲頭山で見た単独熟年が歩いてきた。 元気そうなので先に出てもらったが暫く前後に並んで話をしながら歩いた。 山麓の香貫台の住人で、この山には頻繁に登っているのだそうだ。 |
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![]() 足腰の油切れが酷くなってきて、やっとの思いで登りつづける始末となった。 どうぞお先に、と単独男に言うとり、たちまち距離が離れて姿が見えなくなった。 急登から抜け出すとまた緩やかな尾根の背になった。 呼吸が整ったあとはふたたび稜線漫歩。 落葉樹と茅戸の多い尾根になって眺めはすこぶる良い。 志下坂峠への下りに掛かる所では、美しい曲線を描いている沼津海岸の砂浜が見えた。 右手は愛鷹山の裾野だったが、高い所は雲に隠れて見えなかった。 |
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"象の首" と記した道標が立っている小鞍部を見下ろす所からは真近かに迫った徳倉山の頂上が見えた。 鞍部からの登りはやや急だったが、手造りの竹竿手摺が設けられていた。 鷲頭山のフィックスドロープを始めとして、このルートの整備に当っている人達の愛情を感じた。 悲鳴を上げかけている足腰を、竹竿手摺でなだめ励ましながら登り続けていると、フィッと栂海新道を思い出した。 位置も規模もかけ離れているが地元の熱心なグループのお蔭で安全に歩かせてもらえている点は同一だ。 |
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やがて登りついた徳倉山頂上は、広広した枯草原になっていて、先行した単独熟年がノンビリ休んでいた。 まわりの木の邪魔が少なくてグルリと広大な展望が開け、明るく爽快感に満ちた頂上だ。 メモリーカードの余裕が少なくなっていたので、この頃あまり使わなくなっていた中判カメラを取り出し、あちこちの景色を写して補った。 南の方には、今朝歩いてきた大平山から鷲頭山への頂稜が穏やかなスカイラインを描いていた。(左下) 休みながら単独熟年とボツボツ話をした。 以前は地元愛好者のフィールドだったが、新百名山に入ったら急に来る人が増え、シーズンの日曜日には100人を越す大パーティが来たりするようになったと言う。 |
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10人ほどの揃いのシャツを着た若者パーティが登ってきた。 この頃の山で若者のグループを見るのは珍しいので尋ねてみたら、静岡大学ですと言う返事だった。 学生達が通り過ぎて行ったあとすぐに、ジャージィを着た空身の青年が駆け登ってきた。 こちらは、単独熟年と御馴染みのキックボクサーで、トレーニングのためこの山を走り回っているのだそうだ。 現代の天狗だと思った。 長休みのあと下山に掛かった。 頂上のすぐ下から鎖場が始まった。 ルートは泥混じりの足場の悪い岩尾根を直降下しており、全長2〜300m 程もの鎖の手摺が設置されている。 |
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鎖場が終わるとすぐに横山峠に着いた。 山は小さかったが小刻みな登降の繰り返しと、呆れるほど長大な固定ロープ/鎖場で草臥れた。 曲りなりに山域の核心部はカバーできたのでこの峠から下山して帰ることにした。 峠に立つ道標には、右は沼津商業高校前バス停へ5分、左は20分で香貫台小学校と記されていた。 も香貫台入口まで行けばバスの便が良さそうに思えたので左の道に入った。 山裾をひと回りして僅か歩いたら道路に出た。 出口でスパッツを外して里道モードに切り換え、クールダウンの積りでユックリ歩いた。 |
香貫台入口に着いたところでバス停の運行時刻表を見たら1時間に2本ほどの間遠な運行で、かなり待たなければならない。 ここで長い時間バスを待って身体を冷すより、引き続きクールダウンを続けながら海岸沿いの国道までゆっくり歩いた方が良さそうだと思った。 ゆっくり歩いて20分あまり、程よい時間で国道に出た。 突き当たった角から100m 程北に行った所に八間町バス停があり、待つほどの事もなく沼津駅行きバスが来た。 |
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☆おわりに 沼津アルプスは、海中の火山活動でできた岩礁が隆起してできた山ではないかと想像されるほど岩っぽい山の連なりだった。 風邪の後の軽いリハビリの積りで出かけた低山だったが、案に相違して小刻みな登降と、長大なロープ・鎖の急登降を強いられるヘビーな日帰り縦走となり、足腰のみか上半身までシッカリ鍛えられる事となった。 春になったら紀伊半島、四国などのロングルートに行きたいので、今回の山行を起点として体力の醸成に努めたい。 |
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