![]() 熊野古道小辺路[5]、果無峠越-熊野萩、本宮(2006.4.14) ![]() |
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4月14日(曇り一時薄日) 十津川温泉-果無峠-八木尾-熊野萩-熊野本宮大斎原。 果無峠越えのあと熊野本宮大斎原を見学し、萩に戻って宿泊。 ☆地形図(2万5千分1): 十津川温泉(田辺1号-3)、伏拝(田辺1号-4) |
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![]() 果無峠登路、天水田上から望む南奥駈連山 |
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<タイム記録> 十津川温泉(7:50)-取付(8:23)-果無集落(8:55)-集落の外れ(9:05/9:10)-果無観音堂(10:35/45)-果無峠(11:35/50)-十一番観音(12:45/55)-七色分岐(13:05)-土河屋分岐(13:30)-野外テーブル(13:33)-八木尾最奥民家(13:45)-八木尾バス停(13:55)-熊野萩(14:15/20)[宿にザック置く]-(14:30)奥熊野道の駅[15:03]=(龍神バス田辺行 \520)=[15:10]熊野本宮大社前(0:15)大斎(ユノ)原(0:15)本宮大社前[16:00]=(タクシー)=[16:10]熊野萩{民宿まつみや} ☆行動記録とルートの状況 前日は早く着いて温泉に入り、ゆっくり休めたお蔭で気分の良い朝を迎えた。 空に雲は多いが、所々に青空が覗き、高野山からこのかたでは、最高の天気だ。 怪我の方は下手にいじらないほうが良いと思い、川津で貼った絆創膏をそのままにしていたが、出血も痛みもなく、回復過程になっているようだ。 |
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小辺路最後の関門となる果無峠越えは、標高150m 前後の十津川温泉から1070m 圏の峠まで、900m あまりの大登りだが、この関門さえ乗り越してしまえば終点の熊野本宮まで一投足となる。 標準タイムから見る限り、たっぷり時間の余裕があるので宿の標準時間に合わせてゆっくり朝食。 食休みをしたあと出発した。 バスターミナルの前を通って西に進み、20分ほどで柳本橋に着いた。 本当はさらに700m 程西に行った所に架かっている吊橋を渡るのが正しいようだったが峠の大登りが気になっていたのでこの橋を渡った |
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橋の向かい側にある小辺路の道標に従って車道を右に行くと向井去来の句碑が立っている。 "つづくりもはて なし坂や五月雨" と刻んである句は本宮からこちらに山を越してきた時に詠んだものだという。 句碑の100m ほど先に左のような登り口があった。 |
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道路擁壁の急な部分を登りあげて石畳道に上がった。 ビブラムソールと石畳の相性の悪さは相変わらずだが、杉の落ち葉がショックアブソーバ兼滑り止めになった。 傾斜が緩んだ道端に2番地蔵がある。 果無集落が真近かとなって前方が明るく開けて見える。 |
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尾根上の段々畑の間を歩いて最初の民家の庭に入った。 道端に引き水の水槽があり、向かいの家の縁側が綺麗に清掃されている。 休み所として公開されているて居心地も良さそうだったが眺めが良くなかったのでそのまま歩きすぎた。 |
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集落の上手の視界が開けた所に "世界遺産" と刻んだ石碑が立っていた。 一旦車道に出たあと本式に山道に入る所に "熊野古道小辺路登山口" と記した大きな標柱が立っている。 車でここまで上がって歩き出せば、かなり労力が省けるが、風情豊かな果無集落をスキップしてしまうのは勿体ない。 |
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山道に入ったばかりの見晴らしの良い所で小休止したあと、果無越えに掛かった。 まもなく27番観音の前を通った。(左) 観音像は、果無を越えて降りていった八木尾集落の熊野川沿いの道端にある1番観音を起点として果無越えの入口まで全部で33体置かれている。 これはその石像のひとつで、峠の頂上には17番がある。 ひとつずつ数えて行けば大登りの励みになる。 |
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やや急な登りから尾根の背に上がった所に開けた平坦地があった。 道端に "天水田" と記した立て札が立っていた。 谷越しに果無の稜線が高い。 天水田の先から暫く石畳道を歩く。 道の脇に石地蔵が立っていた。(左) |
![]() 玉置山が見える所があった。(下) 頂上部には雲が掛かり、宝冠の森のギザギザの稜線を従え、わずか1000m 台の低山とはとても思われない風格を漂わせている。 山中で行き悩んだ神武天皇の軍勢が、八咫烏に導かれてようやく大和入りを果たしたと言う伝説の山だ。 |
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やや急な登りを上がった所に観音堂があった。 ここまで来ればあとひと頑張りで果無峠だ。 これまでと同様、よく整備された道のお蔭で大した苦労もなく順調に登ってこられた。 ホースの引き水があり、観音堂と向かい合わせに休憩舎がある。 雨戸を引き開けて覗いたらやや物置風だったが内部は綺麗で、緊急時の避難小屋として十分利用できる状態だった。 観音様を拝んだあとザックを背負い上げ、上を目指して出発。 |
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ひと登りで眺めの良い所に出た。 遥か右下の谷間に十津川温泉の集落が見え、ちょっとした達成感を味わった。 正面遠くは釈迦ヶ岳ということだが、1000m あまりから上は雲の層の中で何も見えない。 尾根の背を暫くジグザグに登って高度を上げたあと、左手の斜面に入って沢窪をトラバースして行くとひょっこり峠に出た。 自然林に囲まれ落ち着いた雰囲気の小広場で、17番観音と、上半分が失われた宝匡印塔、峠越えの道案内の道標が立っている。 良く見ると、道標の支柱に"果無縦走路" と記した小さな樹脂プレートが取り付けられていた。 |
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峠から八木尾への下降路は至って穏やかな雰囲気で始まる。(左) 山屋的には程よい加減のノンビリした尾根の下降路だったが途中からいくらか細まって来てさらに山道っぽくなった。 尾根の後半の一部には崖のような所を横切る部分もあったりしたが良く整備され、危険と思うほどではなかった。 |
![]() 尾根の末端が近付くと傾斜は一段と強まるが、それとともに随所で展望が開ける。 熊野萩が一望できる所で写したのが左の写真だ。 下りが急になって木の階段が続くようになった。 登る人が楽なように段差が小さめに設定されているのは良いのだが下りには相性が悪く、足がとても忙しくなる。 そうかといって一段飛ばしはチョッと遠すぎるのでチョコチョコと、忙しく下った。 |
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八木尾最奥の集落の上手(下左)に出た所から人家の庭先を掠め、急な石段を下って八木尾の車道に出た。(下右) | |
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ここから宿のある熊野萩へは、車道から分離された歩道を歩く。 ノンビリ歩いていたら、本宮の方から走ってきた車が止まり、運転の女性に声を掛けられた。 見ると昨夜お世話になった十津川温泉えびす荘のお女将さんだった。 "お蔭さまで楽しく歩きました" と礼を言った。 小辺路を歩いてくる単独老人が事故るのを心配し、宿泊申し込みの電話でいろいろ口頭試問をしたあと、緊急連絡用に携帯の番号まで聞き取った上でようやく泊めくれたのだったが、ソコソコの時間に果無を越し、暢気な顔で山麓の道をブラブラ歩きしているのを見て安心したかも? 江戸時代からやっているという熊野萩の行者宿、"まつみや" は、一年半前の南奥駈の時に泊めてもらって様子が分かっている。 玄関に入って声を掛けたが返事がない。 どうも留守のようで、いつ帰ってくるか分からないお女将さんを待っていては時間が勿体ない。 玄関にザックを置き、デジカメだけを持って外に出た。 とりあえず蕎麦でも食べようと、1km ほど本宮寄りにある、奥熊野道の駅に行ってみることにした。 熊野川沿いの道を歩いていると向こうから見覚えのあるお婆さんが歩いてくる。 近付いてみたら "まつみや" のお女将さんだった。 時間が早いので少し遊んで戻る旨、話して道の駅に行った。 道の駅は熊野川の岸にある新しい施設で、広い駐車場の奥にみやげ物店、観光展示室、レストランが入った建物がある。 まずレストランに行き、たぬき蕎麦を注文した。 暫くして出てきたのは油揚げを乗せた蕎麦で、東京付近ではきつね蕎麦と呼ばれている物だった。 れなりに美味しい蕎麦を食べたあと外に出た。 川岸から今日越えてきた果無が綺麗なスカイラインを描いていた。 八木尾まで延々と延びてきている尾根が正面だった。 眺めているとはるばる来たものよと言う気分になる。(下) |
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駐車場の端にバスが止まり、ドライバーが休憩していた。 田辺との間に運行されている龍神バスの車で、近くの角に立っているポストの時刻表を見ると15:04に発車し、本宮大社前を通ることが分かった。 確認のためドライバーに声をかけたら、"良いですよここで乗ってください" という返事。 時間潰しのついでに、本宮大社前まで行き、南奥駈の時に行き損ねた大斎原(オオユノハラ)に参詣することにした。 |
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![]() 本宮大社前にわずか7分ほどで到着。 バス停前の店屋の横手から川の方に向かう道に入り、家並みを抜けると右手の田んぼの中に大鳥居が聳えていた。 大きさ日本一だそうで、奥駈道を歩いてきた時には七越山から眺めて感激した思い出のある鳥居だ。 |
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![]() 奥手の森の中にある盛り土がもとの神殿跡のようで、明治の大水害で流失した中社と下社を象徴するふたつの石祠が並んでいた。(左) 流失を免れ、丘の上の今の場所に移された上社とともに、それぞれ四柱の神を祭っていたと言う。 かつては大物神様が12柱も集まっていた訳で、神様の団地だったということになる。 石祠と向かい合わせに一遍上人の記念碑が立っていた。 神仏習合の多神教は寛容と博愛の極致だと思った。 |
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旧社殿跡の石垣を見て本宮の表通りに戻り、本宮大社前へ歩いた。 景観に配慮した街路の整備が進められているようで、新しい木造の店屋が増え、一部で道路の拡幅工事も行われている。 本宮大社入口の鳥居の脇に、"奉祝 例大祭" と記した大立て札が立っていた。 明15日は本祭りということで、たまたまのまわり合わせを喜び、槍でも降ってこない限り、小辺路の最終区間を歩いて本宮に入ろうと決心した。 熊野萩に戻るバスの便が悪く、17:30間で待たなければならないことが分かった。 大斎原もじっくり見たし、大登りの果無を越してきたあとだ。 一時間以上も鳥居の前でボンヤリしているよりは早く宿に帰って風呂に入りたいと思ったのでタクシー戻って来るのを待って乗り込んだ。 走り出した所でドライバーに尋ねてみたら、一台廃業して今は2台に減っているということだった。 |
この夜、"まつみや" では、80歳になる女将さんの同級生というお婆さん、玉置神社神主主催の行事に参加するために来たと言う田辺(?)の五十男と泊まり合わせた。 年老いはしたが料理の腕が自慢のお神さんが出してくれた夕食が美味しかった。 ☆関連情報 熊野本宮大社: http://www2.ocn.ne.jp/~sanzan/NTTcontents/hongu/ 熊野萩 民宿まつみや: 0735-43-0002 〒647-1743 和歌山県田辺市本宮町伏拝1003 松実 和子 熊野本宮 瑞鳳殿宿坊(食事は隣接和食堂に予約): 0735-42-0009 http://syukubo.com/spot/05kinki/wakayama001.html 熊野タクシー本宮町: 0735-42-0051 |
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