![]() 西伊豆歩道[1] 土肥-舟山-戸田 (2016.10.31) ![]() |
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☆期日/山行形式: 2016年10月31日-11月1日 単独トレイル・ウオークの1日目 ☆地図(2万5千分1地形図): 土肥(静岡3号-4)、達磨山(静岡3号-3) ☆まえがき 富士ビュースポットとして有名な西伊豆の大瀬崎は、以前から是非とも訪ねたてみたい場所のひとつでした。 海沿いの県道を車で走ると簡単に行き着けることは分かっているのですが、山屋の端くれとしては、それでは面白くありません。 金冠山-真城山から延びている尾根を下降して岬に到達したいのです。 登山ルートが整備されているのは真城山まででその先は藪山歩きのフィールドになるのですが、誰かしら歩いていないのかと、インターネット検索を繰り返していましたがめぼしい情報が見当たりません。(*→ページ末尾) 西上州の端山を歩くのに役立った山麓一帯の土地勘がなく、大瀬崎付近に出入りする公共交通機関の樣子さえよく分かりません。 このまま意地を張っていると大瀬崎に行き損ねたまま、この世におさらばか、と心配になってきたので発想を転換し、堂ヶ島から大瀬崎まで、海沿いに断続的に設置されている西伊豆歩道と県道17号線とを繋いで歩くトレイル・ウオークの一環として大瀬崎を訪ねることにしました。 たまたま10月中旬に修善寺で同窓会が行われることになったのでそのあとに戸田まで行ってもう一泊。 翌日に戸田-井田-大瀬崎-江梨を歩く計画を立てたのですが、直前の日程が過密になったのと幹事の気疲れで風邪気味になり、中止して帰りました。 それから2週間経って風邪も治り、体調も整ってきたのでふたたび挑戦することにしたのですが、折角、戸田に泊るのならば前日も有効に活かそうと、初日に土肥-舟山-戸田ルートを歩き、足腰の錆取りをするとともに西伊豆歩道の偵察を行うことにしました。 |
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![]() 小土肥 潮騒橋の眺め (画像をクリックすると拡大) |
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<行動時間> 宮崎台[6:57]=あざみ野=新横浜[7:46]=(コダマ635号)=[8:19]三島[8:31]=(伊豆箱根駿豆線)=[9:08]修善寺[9:15]=(新東海バス)=[10:05]戸田[10:10]=(新東海バス)=[10:40]土肥漁協前バス停(10:54)-西伊豆歩道小土肥コース起点(10:58)-歩道入口(11:01)-小土肥バス停(11:19/22)-潮騒橋(11:26)-霊園2.2Km 道標(11:36)-国道交差点[1](11:41)-国道交差点[2](11:49)-霊園前1.4Km道標/東屋(12:04/05)-水流(12:15)-林道交差点(12:18)-廃林道分岐(12:30)-霊園前(12:45/13:01)-車道分岐(13:07)-舟山口バス停(13:14/20)-戸田港5.15Km 道標(13:24/27)-舟山バス停手前の多機能トイレ(13:51/14:00)-舟山バス停(14:03)-碧の丘(14:12)-198.5m 水準点(14:24/26)-戸田コース起点(14:30/33)-林道交差点(14:54/56)-尾根乗越点(15:13)-戸田小山田(15:56)-戸田港(16:17)-(16:21)戸田宿舎(美浜レステル) <ルートの概況> 初日は土肥から小土肥、舟山を経て戸田まで歩く計画でしたが、西伊豆歩道をを忠実にトレースすると、この日の最後に歩く舟山-戸田の区間が海沿いでなく、内陸の峠を越えるショートカット・ルートになるのが気に入りませんでした。 駿河湾沿いに連なっている急崖の縁を通っている県道17号線からの富士ビューを見たいと思っていたところ、この道路に路線バスが運行されている事が分かりました。 修善寺から直接土肥に行くのは止め、いったん戸田まで行ったあと、バスを乗り継いで土肥まで南下する迂回アプローチを設定しました。 東海道新幹線から、伊豆箱根鉄道駿豆線をへて修善寺へ。 半月前に通って樣子が分かっている修善寺バスターミナルで戸田行きバスに乗り継いで戸田に行き、戸田港に面したバスターミナルで土肥行きに乗り継ぎました。 |
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戸田では別のバスに乗り換えるものと思い込んでいたところ、実際は違っていて、修善寺から来たバスが行き先表示を変更しただけで土肥に向かうのでした。 このバスには、ほかの客がいなくて貸切状態でしたが、戸田の街を抜けたところから坂を登って崖の上の道路を南下してゆく途中では、随所で富士山と駿河湾を眺められ、絶景バスドライブができました。 バス・ドライバーは、山歩きの支度をした年寄りがわざわざ回り道して土肥へゆくのに疑問を持ったようでした。 |
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土肥漁協前に着いたところで下車しようとすると 「どこを歩きに来たんですか?」 と尋ねたので、 「西伊豆歩道です」 と答えたら、 「このごろ歩く人がいなくて荒れているから気を付けてくださいね」 というアドバイス。 バス停の脇で地図を出し、Android 端末の地図アプリを立ち上げて GPS を起動。 ローカット・シューズで山道を歩く時に役立つスパッツを着けたりしてトレイル・ウオーキングの支度をしました。 |
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テザリング・モードにしてスマフォ兼ルータとして動かす小型端末を更新(Huawei G6-L22 → ASUS ZenFon3 Delux)
した直後の山行でしたが、ZenFon 内蔵 GPS のの情報によって軌跡を表示・記録するための設定がうまくできなかったので、前の Huawei
と同様、経緯度情報は Holux 製 Bluetooth GPS ロガーから取得するようしました。 GPS 情報では実績がある NEXUS7(2013) が主役で ZenFon の方はサブですからうまく動かなくても現在位置の確認や行動軌跡の取得に困ることはありません。 バス停前から300m ほど南に進んだところが小土肥コースの起点で、道路の向かい側に小土肥コースのイラストマップ看板が立っていました。 |
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看板の先のT字路を右折して僅か進むと旅館 "なかはらや" の看板の袂から左手の山に向かってゆく路地がありました。 入り口の角に西伊豆歩道の道標が立っています。 |
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路地の先の坂を登って行くと左のような切り通しがあって尾根を乗り越し、その先の斜面を横切って進むようになります。 |
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左手が開けて駿河湾が広がり、海辺を通っている県道17号線脇にある旅人岬の展望所を見下ろす所を通過しました。 |
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間もなく左前方に小土肥の集落が見えてきました。 海と人家の間に砂浜があるこじんまりした綺麗なところです。 |
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左下の県道に降りると集落の背後をまわってゆく県道と海側の集落の中にゆく道が分岐する二股があって、角に西伊豆歩道のルート看板が立っていました。 |
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海側の道に入って集落の中を通り抜けると浜の土手の裏側に東屋と公衆トイレがありました。 |
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トイレの前から浜の方へ回ると海に流れ込む小川に橋がかかっていました。 橋の袂に「潮騒橋」と刻んだ看板が立っています。 |
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橋の上から土肥港を見渡せました。 雲が多く日が差さないのでもうひとつパッとしない眺めですが、山と海の組み合わせが絶妙です。 |
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人家と防波堤の間の道を進んでゆく所には黒松の並木がありました。 松の木の根方に西伊豆歩道の道標が立っています。 |
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小土肥の家並みの北側に出外れたところから山にかかり、坂を登ってゆきました。 |
![]() 天城の山並み (画像をクリックすると拡大) |
ひと登りすると南の方へ視界が開け、天城連峰の山並みが見えました。 |
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左へ鋭角に折れ曲がって登ると県道17号線との交差点がありました。 向かい側の擁壁にイラストマップが取り付けてあります。 |
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擁壁の階段を登ると山道になり、その先でふたたび県道と交差。 更にもう一度、三度目に県道と交差したところから先は本格的な山道になりました。 |
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きれいに舗装されたコンクリートの路面が見えるのでもとはかなりの費用をかけて整備された歩道と思われるのですが、山から転げ落ちてきた大石や土砂が積み重なり、所々に歩き難くい所ができています。 |
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立派な手摺が付いた階段もありましたが段の上に落ち葉や土砂が積もり、見かけほど歩きやすくはありません。 |
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階段を抜けて平になった所に大きな石がありました。 ツルッとした大きな石は、溶岩流が残したものなんでしょうか? |
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落ち葉や枯れ枝が積もって歩き難い切通しを通りました。 小型トラックくらいは十分通れそうな幅がありますが車はおろか人も殆ど通らなくなっているようで路面はフニャフニャです。 |
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東屋がありましたが人が出入りしている気配がなく、あたりの雰囲気も陰気なため立ち寄る気になれず。 そのまま通り過ぎてしまいました。 |
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人工林に入るとまわりが明るく開けました。 山腹を横切ってゆく廃林道には偶蹄類の獣の足跡が沢山見えました。 |
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森に入ると間もなく水流を横切りました。 水流の先には「本州製紙」と記した杭が立っていて、このあたりが製紙用材林だったことを示しています。 |
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ルートの上の斜面に合成樹脂シートのようなものが沢山掛けてありました。 放置されたまま荒廃していますが、かつては種苗育成地だったかも、と思いました。 |
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下から上がってきている新しい林道を見送って先に進み、右手にまわりながら降りてゆくと火葬場の建物が見えてきました。 |
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県道に降り着いた所に「霊園前バス停」があり、背後の高台に火葬待合室の建物があります。 土肥からここまで "ひと歩き" していたところだったので小園地の縁に腰掛けて休憩。 足腰の筋肉を休ませながら糖分と水分を補給しました。 |
![]() 舟山手前から駿河湾 (画像をクリックすると拡大) |
霊園前から車道歩きを始めてしばらくすると舟山に差し掛かり、左下に人家が見えてきました。 |
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右の方へ坂を下ってゆくと舟山入口バス停がありました。 海の方に降りてゆく道が分岐している角に「舟山コース」のイラストマップ看板が立っています。 看板に描かれている地図を見ている所へ戸田行の路線バスが走ってました。 減速したので手を振って「乗りませんよ」と知らせましたが止まってドアが開き、「道はどーでした?」と聞かれました。 荒れていて時間がかかったけれどもこの時間にここまで来れた。 これから戸田への山越えを試みるが、入口まで登るのに草臥れてしまったら次の便に乗せてもらおうと思っている、と話して別れました。 |
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坂を降りて行ってミュージック・ペンションの看板の脇を通り過ぎた先で駿河湾に面した崖の上に出ました。 |
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右手に回り込んで崖の縁を行く所では展望テラスのある瀟洒な別荘風の建物が見えました。 |
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左手への登り坂にかかると人家が出てきました。 入り口の門柱の手前側に魚、向かい側にお地蔵さんの石像が置いてあります。 |
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坂の途中に神明社の鳥居と萬霊尊の石塔が立っていました。 向かい側は、もと学校があったような感じの敷地で、今は農林漁業の体験施設になっていました。 |
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人家の間を通り抜けた坂の上に多目的トイレがありました。 水が出る蛇口には 「飲料不適です」 と言う掲示があったのは残念でしたが、天気の悪いときなどには良い休み場になるでしょう。 |
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多目的トイレの軒先で小休止したあと短い坂を登ると県道に出ました。 出口の角に「舟山ふる里村」と書いた看板が立っています。 |
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県道歩きを再開し、大きくUターンを繰り返して山へ上がってゆくと、カーブ先端の脇に「水準点」と書いた立て札が立っていました。 2万5千分1地形図と照合してみたら標高 198.5m と記入されているポイントでした。 |
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水準点のカーブの先 180m ほどの所に戸田への山越えルートの入口がありました。 左の写真のように小さな送電線施設があります。 その向かい側には戸田コースのイラストマップ看板が立っていました。 |
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久し振りに長い悪道を歩いたので少々疲れましたが時間が早いのでゆっくり歩いても程よい時間に戸田まで行き着けると判断したので、山越えルートに進入しました。 ルートはこれまでと同様、要所に道標が立っていて明瞭でした。 枯れ枝や土砂の堆積はありませんが、丸っこい浮き石がゴロゴロしているため、歩き難さでは五十歩百歩でした。 |
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体調と道の状態に合わせて焦らずゆっくり登ってゆきました。 緩やかに登ってきた道が左手に曲がってやや急になると丸太階段道になり、ひと登りで舗装車道に上がりました。 |
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戸田への山越えの峠は、広々して明るい鞍部で、少し東に寄ったところに携帯電話のアンテナと思われる鉄塔が立っています。 |
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車道を横切って濃密な暖地林の中に入ると間もなく古い峠に着きました。 柏の大木の根方に赤布を纏った石地蔵が沢山並んでいます。 車道が通じて人や物資が車で移動するようになるまでの長い年月の間、頻繁な人通りがあり、多くの物資が運ばれていたであろうと想像させられました。 |
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峠の北側へ降りてゆく所は人工林になっていました。 峠へ登ってきた道と同じ様に、所々に電柱が立っていて送電線が張られています。 これは戸田から舟山に電気を送るための送電線と思われます。 |
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ひと下りすると尾根の背が下がってきて歩いてきた道が尾根の背に乗りました。 暫く尾根の背を進んだあと左に折れ下り、またすぐに右に曲がり返すと沢の底に降り着きました。 送電線巡視路として保守されているためか、枯れ枝などの堆積もなく、かつて歩道が整備されたときに打設されたと思われるコンクリート舗装が現れて歩きやすくなりました。 |
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沢の下部に倒木に押し潰された家屋の残骸がありました。 歩道を遮るように倒れている倒木と、倒壊した建物から落ちてきた屋根瓦などが積み重なってかなり通り難くなっていました。 |
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圧壊家屋の下には屋敷跡と思われる石垣があるほか、道に沿って柵のような形に積まれた石垣がありました。 紀伊半島の伊勢路を歩いている時に、これとよく似た石垣を見たような気がします。 多分山の獣を避けるためのものだったのでしょう。 |
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出造り小屋のような建物の下を通り過ぎるとすぐ、山畑の縁にました。 そこは戸田コースの終点で、コースのイラストマップ看板が立ち、歩道全体の案内パンフレットを収めた金属ボックスが置いてあります。 同じようなボックスがこの日に歩いた各コースの起点と終点にありましたが、長い間に水やゴミが入って中のパンフレットが汚れていたり、空になっていたりでした。 地元の観光協会などに、請求すれば、きれいなのを郵送してもらえるのでは、と思いました。 |
![]() 戸田市街の眺め (画像をクリックすると拡大) |
山畑の縁に立つと戸田の街が一望でした。 町の向こう側の山の上に電波塔が立っているのは真城山の東 1Km ほどの所にある 521.6m 峰のようです。 |
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下肢の筋肉に乳酸がたまってチョットしたはずみで痙攣しそうな気配になってきていたのでソロソロ歩きで坂を下って戸田市街に降り着きました。 T字路に着いた所で後ろを振り返ると今越えてきた山が家並みの背後にそそり立ち、結構な高さに見えました。 |
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戸田の町の南端の、小山田と町名が記されているあたりは古い港町特有の細い路地の迷路になっていて、 頻繁に GPS を参照しながら進むこととなりました。 町中を進んでゆくと宇賀稲荷と言う扁額を掛けた神社がありました。 川沿いの道を歩いて県道17号線に出た所で左折、僅か進んだ所に宿の入口の目印となる看板が出ていました。 |
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時間は早いし、気分の良い夕方だったので戸田港の水際まで行って夕日の景色を眺めたあと、すぐ後ろにあった宿に入りました。 インターネットでの予約には、何もコメントを付けませんでしたが、女将さんは半月前にキャンセルした客であることを察知していて、「風邪は治りましたか?」という挨拶がありました。 この夜はほかに客はなく、静かな宿りでした。 大きな浴槽を独り占めしてゆっくり入浴し、美味しい魚料理で腹一杯になったあと、早い時間に寝床に入って疲れを癒やしました。 |
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<ルートの詳細> ![]() ![]() |
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☆おわりに 金冠山-真城山からの尾根ルートで大瀬崎へ到達するのは長年の念願でしたが尾根ルートの情報がなく、大年寄りの山屋には無理と判断せざるを得なくなったので、その代りとして堂ヶ島から大瀬崎まで海沿いに断続して設けられている西伊豆歩道ウオーキングルートの一端として行き着くよう、方向転換をしました。 今回は戸田の泊まりを含む一泊二日の計画を組み、初日は土肥から舟山を経て戸田まで、久し振りの山道歩きをして足腰の錆取りをしながら、西伊豆歩道の現状を偵察しました。 西伊豆歩道は歩く人の数が極く少ないようでルートの整備も行われず、荒廃が進んで歩き難くなっている部分がありましたが、ルート自体は明瞭で、今でも十分歩ける状態であることが分かりました。 首都圏から程よい距離にあるので海辺に適当な泊まり場を探して歩けば好展望のトレイル・ウオーキングを楽しむことができそうです。 温暖な土地ですから冬でも歩けると思われるので、これから取り組む定番山行メニューのひとつに加え、数次の山行を行ってみたいと思っています。 |
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☆参考 - 今回の山行全体の Google マイマップ![]() ![]() *: 地元 伊豆ハイキングクラブの記録が見つかりました 大瀬岬から金冠山: http://38817649.at.webry.info/201004/article_2.html これを参考にして、金冠山・真城山から下降する逆ルートをトライしてみたいと思っています |
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