![]() みちのくお山巡り[2-3] 焼石岳 (2007.8.25) ![]() |
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☆まえがき 5日の山旅の最終日となった。 和賀岳で敗退したので前半の3日間は湯治と観光で終わった。 四日目の栗駒山も半日コースで、いくら歳を取ったと言ってもいささか物足りない。 せめて最後の焼石岳だけは有終の美を飾りたいと思った。 幸い、ひと夏に一度か二度か、と言うほどの快晴に恵まれ、ブナの森から、渓流、湿原、池塘、お花畑へ。 夏山の良い所をすべて寄せ集めたようなロングコースから登りあげた頂上には息を飲むほどの大展望が待っていた。 岩手側への下山ルートも池沼を連ね、素晴らしい湧水に恵まれた好ルートだった。 |
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![]() 焼石岳秋田側の展望 (画像をクリックすると拡大、自動スクロールします) |
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☆行動記録とルートの状況 <タイム記録> ホテルブラン(6:00)=[送迎車]=(6:25)焼石岳三合目口(6:30)-四合目大森沢(6:55)-五合目釈迦懺悔(7:10/15)-六合目与治兵衛(7:55/8:00)-渡渉点(8:11)-七合目柳瀬(8:40/45)-長命水(9:17/25)-八合目焼石沼(9:34)-大石湯田分岐(10:15/20)-焼石岳(11:05/25)-泉水沼(11:45/50)-銀命水(12:45/13:10)-つぶ沼中沼分岐(13:25)-上沼(13:50)-中沼(14:00)-(14:30)中沼登山口=[Taxi \3420]=(14:50)焼石クアパークひめかゆ[16:15]=(路線バス)=[16:55]水沢駅[17:13]=[17:38]一ノ関[17:47]=(ヤマビコ#64)=[20:24]東京=大手町=宮崎台 |
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◆宿舎の送迎車で6時半に三合目登山口に着いた。 時間が早かったせいか、置いてある車は手前の広場に相模ナンバーのが1台だけだった。 登山口前の広場では数年前に車上荒らしがあったようで、注意を喚起する看板が立っていた。 こんな山の中でもそんなことがあるのか、と嫌な気分だ。 手早く支度を済ませて歩き出した登山道は少々藪っぽいがしっかり踏まれ歩きやすい。 |
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古いガイドマップにはトンネル入口から来る道が合流するように書いてあった。 注意していたが分からなかったのは、利用する者が少ないまま放置され、藪に埋もれてしまったからかも知れない。 歩き出してから25分ほどで細い沢溝の脇に四合目大森沢と記した標柱が立っていた。 |
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左上がりの斜面を斜上して行き、主尾根を乗越した先で道がふた手に分かれていた。 左は釈迦ザンゲに上がる道、右は巻き道とだった。 |
![]() 左へ進み、釈迦ザンゲの頂に上がるとパッと視界が開け、 逆光で眩しい朝の空を背に本峰が立っていた。 マタギの集合場所だったと言われる、こじんまりした切り明けにザックを下ろして休憩。 最終日の山越えで、全装備の重荷をを担いでどうか、と思ったが案外順調に歩いて行けそうな感触が得られ、ホッとした。 |
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釈迦ザンゲの先はしばらく下りが続く。 ドンドン下って行くと水音が聞こえてきて胆沢川上流部の縁に着く。 山中にしては水量が多い。 |
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胆沢川の右岸に沿って、何度か渡渉を繰り返しながら進んで行くと六合目与次兵衛に着く。 昔この川の水を尾根の裏側に導こうと溝を掘った跡だと言う。 |
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与次兵衛から歩き出して5分ほどの所で本流を渡渉し右岸に移った。 やや水量が多かったが中スパッツのお蔭で靴の中までは濡らさずに済んだ。 |
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やや背が低くなってきた林の中を進んで行くと道端に見慣れない花が咲いていた。 |
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そのすぐ先が七合目で、水流の脇に立つ標柱に "柳瀞" と書き添えてあったが、まわりは瀞ではなく小湿原だった。 昔、沢沿いにあった道が付けかえられたため、地形と地名が違ってしまったのだろう。 柳瀞からひと登りで高みに上がると、前途の視界が開けた。 広々した笹原の奥に、本峰が両翼をゆったり広げて立っている。 写真を撮って歩き出そうとしたら向こうから4人の若者パーティが降りてきた。 相模ナンバーの車のパーティで全員日に焼け、真っ黒だった。 |
八合目の台地に上がると本峰が正面だった (画像をクリックすると拡大します) |
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湧水の横に長命水と記した立て札があった。 最高にうまい水だった。 喉を潤しながら来し方を眺めた。 ついさっきまでは行く手に高く見えていた三界山がもうかなり後の方に移り、高さもたいしたものではなっている。 |
![]() 焼石沼のあたりは三方を山に囲まれた広い平坦地になっていて、まるで高原を散策しているような気分になる。 昔、赤ベコの放牧小屋があって泊めて貰うこともできたという。 胆沢川源流部の沢に沿って小尾根を登って行くと背後の視界が広がり、焼石沼の先の方に残雪を抱いた鳥海山が見えてきた。 胃癌の手術のあと、この世の見納めにと早池峰、鳥海に登った。 必死で登ったふたつの山は命の恩人だ。 |
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台地の上はお花畑だった。 ハクサンシャジンの花が沢山咲いていたが、薄紫ばかりでなく白のも混じっていた。 シャジンのアルビノはそんなに珍しくないのかも知れない。 フウロソウがふたつみっつ見えてきたと思ったら、窪地が一面花絨毯になっていた。 暫くの間見とれた。 |
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かなり急な所をジグザグに登っているとき、犬を連れた中年夫婦が追いついてきたので道を譲った。 折角の綺麗な景色の中だからなるべくユックリ歩いて楽しみたかった。 やがて登りついた稜線鞍部は十字路になっていて、"焼石神社" と記した標柱が立っていた。 ここまで来ればあとワンピッチで頂上だ。 思ったより順調に歩いて来られたことに満足した。 景色を見ながら休憩しているところへ秋田側から2人登ってきた。 東焼石の方からも1人。 頂上は結構賑わっているのかぁ、と思った。 |
![]() 鞍部から本峰へつながる尾根は大岩の積み重なりになっている。 かなり歩き難いが這松くらいしか生えていないため景色は良い。 鳥海山がますます綺麗になった。 |
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大岩の蔭に雨乞いの祭嗣場があった。 六合目の与次兵衛と関係があるかも、と思った。 本峰に取り付いて登りはじめるあたりはかなりの急登だ。 少々疲れが出てきてピッチが上がらないが、いまさら急いでもどうせ五十歩百歩だ。 もう少しの我慢だよ、と自分に言い聞かせながら足を動かし続けていると次第に傾斜が緩くなってきて、やがて頂上広場の一角に出た。 |
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広い頂上広場に腕木が落ちて柱だけになった道標が立ち、ザッと15人あまりが休んでいた。 秋田側から登っていたのは精精5人ほどだから、大部分が岩手側から登ってきた人達ということになる。 手頃な場所にザックを下ろしてまわりの景色を眺めた。 広く平らな場所のため歩き回らないとグルリが見えない。 まだ夏なのに秋のように透明な大気で、山々の画くスカイラインがクッキリしている。 まさにみちのく名山のオンパレードだ。 |
![]() 南隣でゆったりしたカーブを描いているのは昨日登ったばかりの栗駒山。(左) 北の方遠く、岩手富士の名の通りの形をした岩手山が、三ッ石山、大深山方面へ長い尾根を引いている。 その右手には、北隣の経塚山。 さらにその右手に遠く、早池峰が高い。 |
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北を望むと左手に岩手山、右手に早池峰山が見えた (クリックすると拡大します) |
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![]() 山の裏側を覗き込むと岩手側の肩の広場がカール状の地形になっていて、その真ん中に泉水沼が見えた。 沼の脇を通っている登山道に人影がひとつふたつ。 携帯電話が繋がった。 岩手側中沼登山口から山麓のひめかゆ温泉まで地元のタクシーを利用することにしていた。 いつもの調子で、下山の所要時間を休憩込みで標準タイムと見積もって迎えの時間を指定したのだが、これは少々甘過ぎで、このあと大汗をかく原因となった。 |
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穏やかな下降路を歩いて泉水沼に着いた。 岩手側から見た山容はどこかの牧場の丘のように穏やかだ。 |
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沼から先は大石がゴロゴロした歩き難い道に変わった。 さらに姥石平から先はかなり急な下りになる。 まわりの景色は至って穏やかなのだが足許が危なくて余所見ができない。 アンバランスな状態でピッチを上げられないのは、苛立たしい。 その上、山のこちら側は日当たりも強く、風蔭でかなり暑苦しい。 いい加減嫌になってきた頃、左手の沢が滝になっている所でやや崩れ気味の所を木道で渡ると、前方に森が近付いてきた。 |
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間もなく行く手の高みに銀明水避難小屋の屋根が見えてきて、ホッとした。 小屋の下の広場の涼しい木陰に野外ベンチがあったのでそこにザックを下ろし、向側に流れ出している清水で喉を潤した。 冷たくてウマイ 只なのにコンビニで売ってるのなど足許にもおよばぬウマさの水は最高の山の土産だ。 ペットボトルと、テルモスと空けられる容器すべてに詰め込んだ。 |
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良い風が吹いてくるし、水は美味いしで時間を忘れて長休みしていたらひとり、ふたり、と降りてきて混雑気味になってきた。 こちらとしてもいつまでも居られる訳ではないので腰をあげた。 小屋から20分ほどの湿地の縁につぶ沼分岐があった。 倒れかかった標柱の脇から左に入ると中沼ルートの木道に乗る。 |
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水っぽいルートで、湿地の木道と水が流れている沢溝の中との道が続いた。 |
![]() やがて前方に水面が見えてきた。 上沼だ。 岸辺の木道を少し進んだ所で後ろを振り返ると、今下りてきた山が至って穏やかな姿になっていた。 この山は、岩手側から見るかぎり、山というよりむしろ高原と言ったほうが当っているかも知れない。 |
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上沼から10分あまりで中沼が見えてきた。 沼の岸辺に掛かる所に、中沼登山口まで1.2Km と記した標柱が立っていた。 タクシーとの待ち合わせ時間まであと10分しかない! ソコソコのペースで歩いて来た積もりだったが標準タイム程度だったところへ銀明水で長休みした時間の分だけ遅刻ということになった。 中沼からの降り口の標柱にはあと800m とあった。 もうすぐだからとかなり飛ばしたが、足元の悪い急な下りがあったりして登山口まで20分ほども掛かった。 |
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滅多にない大幅遅刻をやらかしたが、幸い、ドライバーは機嫌よく待っていてくれた。 ここの林道もあまり良い道ではなかったが、別段気にもしていない風で、春の残雪の中を登って来ることもあると言った。 胆沢川の本谷に出た所の上手では大規模なダム工事が行なわれていた。 昭和20年代末に作ったダムが土砂で満杯になり、貯水機能がなくってしまったのだそうだ。 20分ほどでひめかゆ温泉に着いた。 バスまで1時間半ほど時間があったお蔭でユックリ汗と疲れを洗い流すことができた。 |
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☆おわりに 久し振りの重荷で長い登路だったが秋田側から登った焼石岳は素晴らしかった。 ブナ林から渓流沿いへ。 さらに、湿原と池塘からお花畑へを通って大展望の頂稜へ。 夏山の良い所が全て寄せ集められていた。 このひと山のお蔭で、今回は思い出に残る山旅のひとつになったような気がする。 |
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