(NabeAme.012) ================================================================= 鍋割山、雨山、シダンゴ山 ・・・ 2001.1.31計画 齋田 洋一 ================================================================= ☆ 期日:2001.2.3−4[太陽=6:40−17:10; 月=9.6] ☆ 地図:大山(東京16号−1)、中川(東京16号−3)、 山北(東京16号−4)、秦野(東京16号−2) ☆ 要目:小田急渋沢駅からバスで大倉(120)へ入山。 二股(510)から後沢乗越(810) に上がり鍋割山(1272.5)頂上にある鍋割山荘に宿泊。 二日目に鍋割山荘から鍋割峠(1108)、茅ノ木棚沢ノ頭(1045)、雨山峠(960) を経て雨山(1176)に登ったあと檜岳(1168.8)、伊勢沢ノ頭(1177)、秦野峠(850 )、林道秦野峠と稜線を南下。 高松山分岐(850)から東に向かい、シダンゴ山 (758)を経て寄(300)に下山。 バスで新松田に出て小田急で帰る。 ☆ 行程 2/3:宮崎台[9:15 \240]=[9:48]中央林間[9:57 \400]=[10:02] 相模大野[10:07]=[10:43]渋沢[10:55 \200]=[11:10] 大倉(1:10)二股(0:40)後沢乗越(1:10)鍋割山{鍋割山荘} ○ 3hr00min 2/4:鍋割山荘(0:15)鍋割峠(0:50)雨山峠(0:35)雨山(0:40 )檜岳(0:35)伊勢沢ノ頭(0:45)秦野峠(0:15)林道秦野峠 (0:15)高松山分岐(1:00)シダンゴ山(1:05)寄[15:30,16: 20 \510]=[15:55,16:45]新松田[16:10,16:52 \480]=[16:52,17:35] 相模大野[17:00,17:45]=[17:03,17:49]中央林間[17:08,17:58 \240]=[17: 42,18:26]宮崎台 ○ 6hr15min ☆ 問い合せ先 神奈川中央交通渋沢:0463−81−1803; 同秦野:0463−81−1803 鍋割山荘:〒259-1325 秦野市萩ガ丘8-33 草野延孝 (通年週末,12/27-1/5,4/29-5/5) 0463-87-3298, 090-3109-3737 (食事付き \6000) 富士急バス松田: 0465−82−1361 ☆ 食料 {朝 食} {昼 食} {夕 食} 2/3: 家で朝食 バナナ、レモンティー、 山荘の給食、 コ―ヒ、緑茶 チーズ、ビスケット 林檎 2/4: 山荘の給食、 乾燥芋、チーズ 帰路調達、 コーヒ 林檎、レモンティー 〔嗜好品〕: 乾燥果物、ハードキャンデー、PSW入りレモンジュース ☆ 主要装備 革製登山靴、長スパッツ、テルモス、ポリタン(1〜2l)、防寒雨衣、防寒具一式; 地図+コンパス、ストック、Hランプ+予備電池、セ―タ、ベスト、ツエルト; 常用薬、MSRストーブ+コッフェル(S)、武器・ナイフ、衛生袋、下着・靴下スペヤ; カメラ(GS+CP950)、ポケットラジオ、DoCoMo; ☆ 後記  一昨年の初冬、丹沢山塊の尾根筋一般ルートのトレースを北西端の山伏峠から始めた。 新緑や紅葉の時期にも出掛けているが、大部分の山行は高山が雪に閉ざされる冬季に行っている。 暖かくて雪が少ないだけでなく、主要な小屋が通年営業しているので厳冬期でも快適な泊まり場が得られるのがありがたい。 山系が二次元的に広がっているので、こじんまりしている割には歩き出があるのだが、何度も通っているうちに主なルートは大体カバーしてしまった。 残った部分で一番纏まった所が鍋割山から雨山峠、茅ノ木棚沢の頭、秦野峠を経てシダンゴ山に至る表尾根西端部の稜線と言う事になった。 今冬の丹沢は1月中旬の韓国出張などの影響で出遅れ、2月に入ってからになってしまったが、手始めとして鍋割山荘に泊まる一泊二日の行程でこの稜線をトレースする計画を立てた。  この冬は表日本によく雪が降っている。 化石燃料の大量消費で大気中に炭酸ガスが増えてきた事による温暖化が問題になっているのとは一見裏腹の現象だ。 韓国から帰った後に足慣らしに行った箱根の神山、駒ヶ岳にも予想以上の積雪があった。 その直後にもさらにまたかなりの降雪があったようだ。 出発前夜に山荘オーナーの草野さんに電話を掛けてみると、鍋割山頂上の小屋の周りでは1m 近くの積雪になっている。 後沢乗越ルートを登れば小屋まではトレースがあるから問題はないが、その先の雨山峠方面は殆ど人が通っていなくてトレースも消えているから薦められないと言う。  今回は狙ったルートを歩けないかもしれないが、かねてから良い評判を聞いている鍋割山荘に泊まって見たいという気持もあった。 ともかく小屋まで上がって泊まり、状況が良かったら雨山方面に突っ込むが、もし無理な様だったら塔ヶ岳方面を回って下山しようと割り切る。 雨山ルートを突破する助けとしてはアルミ製輪カンジキを担ぎ出す事にした。 若い時にはクロモジの枝を曲げた木製のカンジキを使っていたのだが登山を中断して何年目かの年の暮れに、他のガラクタと一緒に燃やしてしまった。 この輪カンは15年近く前に登山を再開した時、ツエルトザックなどとともに新調した基本装備のひとつなのだが、これはと言う山には必ず持って行くツエルトと違って、これまでに一度か二度持ち出してはいるものの、まともに使った事は一度もない。 標高1272.5m の低山に登る装備としてはちょっと物々し過ぎるかなとも思ったが、たまには輪カン歩行の練習をして置くのも悪くないと考え、埃を払ってザックの上に括り付けた。 2月3日 日のあるうちに鍋割山頂上の小屋まで登って泊まればよいので時間はたっぷりあるのだがトレールが踏み固められていなければ時間が掛かるので始めの計画より1時間ほど出発時間を繰り上げ、9時過ぎに家を出た。 天気図は緩やかな冬型気圧配置になっていて空は綺麗に晴れ上がり、風も殆ど吹いていない。 断熱性のアンダーシャツを着ているせいもあるのだが思ったより暖かい。 宮崎台9:15発の下り電車に乗る。 中央林間、相模大野と何時もの経路を順調に乗り継いで10時半前に渋沢駅に着いた。 タイミングが悪く、1時間に2本ある大倉行きバスの便の中間で、あと20分余り待たなければならない。 大倉から二股の間のアプローチも雪の林道歩きになるのではないかと心配だったので、少しでも時間を稼いでおこうと駅前に行列しているタクシーの先頭にどの辺まで車が入れるか聞いてみる。 二股の下のゲートまで行けますよ、と言う返事に、本当かなぁと言う気持ちが頭の中をチラリと掠めたが早いに越した事はないと考えて乗り込む。 渋沢の町を抜けた車は、四十八瀬川を渡って谷間に入って行く。 どう言う訳か一向に雪を見ない。 訝りながらドライバーに聞いてみると数日前は確かに雪が降ったのだが途中から雨に変わったために融けてしまったのだと言う。 谷の奥まった所で僅かな雪を見ると間もなく終点のゲートに着いた。 小さな駐車場には6、7台の車が停まっている。 上着を脱いだりスパッツを着けたり、登高の支度を整えていると、軽四駆車がやって来た。 すぐに五十がらみの髭の男が出てきて挨拶をし、ゲートの先へ歩いていった。 こちらもひと足遅れで出発(10:40/55)。  今日の体調を確かめるためユックリ目のペースで進んで行く。 徐々に身体が温まって来てそこそこの調子が出てきたようだ。 暫く進んだ所ですぐ前を髭男が歩いているのに気が着いた。 道端でザックの具合でも直していたのだろう。 非常にユックリしたペースで歩いているため、たちまち追い着いた。 近くの住人で、朝起きたら天気が良かったので出掛けてきたのだそうだ。 日帰りの予定で、鍋割山頂上まで登ったら戻って来る積もりだという。 勘七橋を渡って左岸に移り、大倉から来ている林道と合流すると路面に薄く積もった雪の上を歩くようになる。 日陰は凍結しているので要注意だ。 二股でふたたび勘七沢を渡り(11:30)、尾根を回り込んで行った道端の日溜りで二人の熟年男がお昼を食べていた。 最近は山で出遭う同世代が急増しているような気がする。 こちらも幾らか空腹になっているから、尾根に取り付く前に何か "燃料" を補給しておきたい。 ひと歩きした沢の河原に初老の男が座っていて即席麺を食べていた。 こちらも河原に入り、河原石が雪から顔を出している所を探して腰を下ろす(11:50)。  最近の山行では、登りにバナナをよく食べている。 食べ易くて胃への負担が軽い所は非常に良いのだが、傷みやすく特に夏には日持ちしないのが欠点だ。 今日も中位の大きさのを二本持って来たが始めのは半分位が傷んでグニャグニャになっていた。 気持が悪いので傷んだ所は捨て、残りの半分を食べる。 何時もと同じようにチーズも食べたが、今日は普段持ち歩いているスライスチーズではなく、キャンデーの様にセロファンに包んであるクリーム味とスモーク味のチーズを持ってきて見た。 幾分高くつくが一口で食べられる大きさになっているのでとても食べやすい。 飲み食いしている前を例の髭男、さっきの熟年二人組、さらにもう一組の熟年パーティが通り過ぎていった。 短い食休みをし、パンプローナの皮袋に水を汲んで出発(12:20)。  最後の水場であるミズヒ沢の渡渉点に水を入れたペットボトルが沢山置いてあって、水のない鍋割山荘まで運び上げるボランティアを募る立て札がある。 一瓶くらいは担ぎ上げようかとザックを下ろしボトルに手を掛けたが、今日は山の上に "水" がどっさり積もっている事に気が着いた。 自分が飲む水を補給するにはたっぷり用意してきたガソリンで雪を融かせばよい。 今日はボランティアへの応募はしない事にして、そのままザックを担ぎ上げる(12:30)。  沢を渡って階段を上がりかけた所で振り返るとすぐ後に即席麺男が随いて来ていた。 間もなく杉林の中に入る。 急に雪が深くなったがルートは良く踏まれている。 溝になったトレースの中に杉の小枝が溜まっているのが良い滑り止めになっている。 三々五々下山してくる者と擦れ違う。 雪が多いのを狙ってわざわざ出掛けて来た物好きが結構居るようだ。 12:50に後沢乗越に着く。 狭いコルだしまだ休みたくなる程は歩いていない。 そのまま尾根道の登りに入る。 この部分は前回下って来た時にはかなり急だった様に記憶しているが、登ってみるとそれほどでもない。 ひと登りで平坦な所に着いた。 古びた木板に頂上まで45分と記されている。 お昼を食べた所と小屋の中間点近くまで来たと思ったのでザックを下ろす(13:15)。  風もなく、まるで春が来たような穏やかな天気だ。 発汗を補充するポカリスエット入りレモンジュースを飲んでいる脇を即席麺男が歩き過ぎていった。 10分ほど休んで出発。 歩き出すとすぐ先で休んでいる男に出遭った。 「今日はどちらまで?」、と近付いた時に聞くと、「鍋割山荘までです」という返事。 「それじゃ今夜は一緒ですね」と挨拶して先に進む。 緩急を繰り返しながら登って行くが急な所は短く、丹沢の登路としては楽な方で、100Kg を越す歩荷で有名な草野さんが常時使っているのも納得できる。 高度が上がるにつれて積雪量が増えてきたが、ルートはしっかり踏み固められていて至極歩きやすい。 下山して来る者とますます頻繁に擦れ違う様になった。 シャツの袖を肘まで捲って降りて来る元気な若者さえいる。 今朝早くから大倉尾根を塔ヶ岳へ登って降りて来たのだろうか? 昨年2月の表尾根もそうだったが、冬の表丹沢の賑わいには驚かされる。 標高1100m 程で細く平坦な尾根の上に出る。 左右の展望が開け、雪に覆われた山肌が春の兆しを含んだ日の光をまぶしく跳ね返している。 冬の丹沢としては最高の日を引き当てたようだ。 髭男が降りて来た。 「早かったですね」と言いながら擦れ違う。  14:20に鍋割山頂上の小屋に着く。 前庭の雪原の上では幾つものグループが休んでいて賑わっている。 去年の冬に通った時には人っ子一人見えず物寂しかったが今日は全く感じが違う。 宿泊申し込みのため小屋の中に入る。 大勢が歩いていたので小屋も混雑しているのではないかと心配していたが、まだほんの数名が先着していただけだった。 雪で時間が掛かって小屋に着けるのは3時過ぎか4時になるかも知れないと昨日の電話では断ってあったのだが、夏道より歩きやすい位で早い時間に着けましたと草野さんに挨拶する。  屋根裏部屋の適当な所を寝場所に決めて布団を敷いたあと、カメラとお茶菓子を持って下に降り、靴を履いて小屋の外に出た。 広場の端の雪を踏み固め、ビニールシートの上に腰を下ろす。 正面は箱根の山でその左手は松田から小田原へつながる酒匂川谷、先の方には相模湾の海面が霞んでいる。 箱根山の右手には愛鷹山が覗き、さらにその右手に富士山が大きい。 この時期の晴れた日の富士山は、丹沢側にできた季節風の渦で湧いた雲がこちらに向かって棚引いて頂上付近が隠されていることが多いのだが、今日はそのような事もなく全貌がスッキリと望まれる。 頂上付近に僅かに雪煙が上がっている様だから局地的にはかなりの風が吹いているのだろう。 富士山の右手に遠く、雲を纏った南アルプスが姿を見せている。 ボリュームのある整った三角形は北岳に違いない。 テルモスのレモンティーを飲みながらチーズや煎餅を食べていたらだんだん身体が冷えてきた。 周りの景色をカメラに収めて小屋に戻る。 戻り際に雨山方面へのルートの入り口に行って見る。 殆ど誰も歩いていないようで、年寄りの単独行者が踏み込むのは少々躊躇われる状態だ。  この夜、同宿は全部で17人。 草野さん自身やそのほかのボランティア達が担ぎ上げた材料で作ったおでん、天麸羅などで "山小屋らしくない" 夕食はとても美味しかった。 泊り客の大部分はあちこちの山を歩き込んで来た "年寄り山屋" 達で、様様な山の話題が興味深かった。 コタツの食卓の隣に座ったボランティア二人組は静かな人達だったが、兄貴分の方は "鍋割山荘支援グループ" の主要メンバーで毎年15回以上ここに来ているという事、弟分の方は今日初めて連れて来て貰ったのだが、兄貴分と同じように長く山を歩いていて、特に両神山がホームグラウンドだと言う事など、こちらが聞くにつれていろいろ話してくれた。 コタツの向かい側の五十男もなかなかの強者で、山行一日分の費用を平均1万円として毎年50万円、すなはち50日分、を当てることにしており、北アルプスを中心に出掛けていると言う。 パソコンも大分やっているらしく今回も昨夜の2時にメールを送って相棒を引っ張り出してきたのだそうだ。 鍋割山荘は音入りのホームページを持っているから一度アクセス見たらどうかと勧められた。  後から食事に加わった草野さんの話では、一週間ごとに交代している蛭ヶ岳の管理人が深雪に阻まれてその日のうちに山を下り切れず、原小屋平で掘った雪洞でビバークし、翌朝ヘリを呼んでようやく脱出したと言う。 あらためて雨山峠の方に行くのは止めた方が良いですよと言われ、今回の目標は春になるまでの宿題にして明日は大倉尾根を下る事に決める。 北アルプス男とその相棒も蛭ヶ岳に泊まって東野に下りる計画をギブアップする事となった。  ただ隣に座った、どこかの大学山岳部のOBだと言う声の大きな太った男の厚かましさにはいささか辟易した。 周りの者の話に割り込んでは俺が俺がと出娑婆るので白けること著しい。 いいかげんにあしらっているうちに何時の間にか周りの人が少なくなっていたのに気が着いた。 もうこれ以上我慢する事もあるまいと、トイレに立つ事にして引っ込む。 屋根裏部屋の寝床に入る前に歯を磨こうと小屋の外に出て見たら下界の町の明かりがとても美しかった。 2月4日 この頃の癖で日付が変わる頃に目が覚めた。 トイレに行った後で睡眠導入剤を服んだらその後はグッスリ眠った。 朝になって周りの人達が動き出した物音で目が覚めて時計を見ると6時になろうとしているのでビックリ。 急いで下に降り、ガソリンストーブを立ち上げて雪を融かし、沸かした湯で作ったレモンティーでテルモスを満たし、さらにコーヒーを淹れる。 コーヒーを飲み始めた時に朝飯の用意が出来た。 新鮮な漬物や具沢山の味噌汁で美味しい朝食だったが食べ過ぎぬよう量は抑え気味にする。 ユックリ食休みをしながら寝床を畳み、持ち物を下に降ろしてパッキングをしていると早い者から次々に出発して行き、結局何時もと同じ様にしんがりとなった(7:35)。  期待していたほど天気は良くならず、空全体に薄雲が掛かって山の高い所も霧に隠されている。 昨夜決めた通り雨山−シダンゴ山ルートは雪が消える時期にリトライすることにして大倉尾根に向かう。 宿泊客の大部分もこのルートを取ったらしく、昨日のトレースの上に新しい靴跡が着いている。 久し振りに履いた六本爪アイゼンが緩み勝ちなのが気に食わない。 あらためてバンドを締め直し、余った端を下に潜らて巻きつけて緩み難くする。 8:35に小丸を通過。 二股に下る尾根ルートの分岐点で休んでいる人達を見たあと緩く登って行くと大丸の頂上だ。 潅木の中の小さな雪の盛り上がりに道標が顔を出しているばかりで誰も立ち止まった形跡がないのだが小屋を出てから長時間歩き続けているので処女雪の上にザックを下ろす(9:28/35)。  楽しい雪山歩きが出来て気分はよいのだが、空模様はパッとしない。 冷たい霧が流れていて小雪もちらついている。 ひと下りして細まった稜線を進んで行くと大倉尾根ルートとの合流点に出る(9:45)。 塔ヶ岳へ行っても展望もなくて面白くなさそうなのでこのまま大倉へ下る事にする。 こちらは大勢が登って来ていて頻繁に擦れ違いをしなければならない。 これまでに歩いていた厳冬期の雪山ではこんなに大勢の人に遭う事はなかった。 次から次へと登ってくる中に熟年女性が多いので驚く。 麓から頂上にかけて、通年営業の小屋が沢山あるので安心して登れるのがひとつの要素なのだろうが、曲がりなりにも厳冬期の雪山に出掛けてくると言う事は、年間を通じてかなり歩き込んでいる者が増えてきた結果に違いない。 花立山荘の前庭のベンチで小休止しながらウインドブレーカを脱ぐ(9:55/10:00)。  見覚えのある男が隣のベンチに休んでいた。 鍋割で同宿したような気がしたので声を掛けてみたがどうやら勘違いだったらしく、塔ヶ岳に泊まったと言う返事だ。 ここから下は土留めを兼ねた階段道が続き、歩幅を合わせるのに疲れる所なのだが今日は雪に埋もれていて歩きやすい。 ただ大勢に踏み固められた雪が滑りやすく、大いに軽アイゼンに助けられる。 小草平に下りついて平坦な所を歩いている時に腹が "グゥーッ" と鳴った。 朝飯の量を抑え気味にしたのと、消化器官の働きが鈍くなるほどのアルバイトをしていないためだ。 やや急になった所をひと下りすると堀山ノ家の横手に出る。 鍋割の小屋で昨夜聞いた話の中に、ここのラーメンが美味しかったと言うのがあったのを思い出した。 例の男が木製テーブルで休んでいたので、「ここのラーメン、美味いっていうのは本当ですか?」と聞いてみたがはっきりした返事がない。 小屋も入り口の戸が閉まっていてちょっと入りにくい雰囲気だ。 まだ時間も早いから大倉まで下ってから食べ物を探そうと考えなおし、一息入れただけでまた歩き出す。  次第に雪が少なくなってきて所々に泥濘が出てくるようになった。 例の男が随いて来て歩きながらの四方山話になった。 まだ五十台前半と思われるこの男は、殆ど地元といってよい近在に住んでおり、丹沢には頻繁に登っていると言うことだ。 蛭ヶ岳の裏側でカモシカに出遭ったことなど、頻繁に来ている者でなければ出来ないような話を幾つか聞かせてくれた。 双方とも若い時期に山岳会で仕込まれた経験がある事が分かったりして、かりそめの出遭いながら "山屋同士" の楽しい会話となった。  雑事場ノ平でアイゼンを脱ぐ。 アイゼンを仕舞っている所へ見覚えのある太った男が通りかかった。 夕べの小屋で辟易した男だ。 挨拶をすると塔ヶ岳まで行って来たと言い、「最近はマナーが悪いねぇ」と嘆く。 ここへ降りて来る途中で何か癇に障るようなことがあったようだ。 「山岳会に入ってしごかれながら身体で基本を覚えるなんて今は流行りませんからね」、と答えながらザックを背負う。 歩き出そうとしているこちらを見てアイゼンを脱がずに前に立ったが幾らも進まないうちに木の根に爪を引っ掛けて危うく吹っ飛びそうになった。 「アイゼンはやっぱり脱がないと危ないし、道具が可哀想ですよ」、と馬の合わない道連れを撒きたい気持ちもあって男に勧め、立ち止まったのを後にする。 ふたたび五十男との話が弾んだ。 こちらはここ数年の間は浅く広く歩く傾向であちこちに出向いており、丹沢は主に冬に登っているのだと話すと、最近行った山では何処が良かったかと聞く。 南会津から飯豊にかけて特に残雪期が素晴らしかったと言う。 男も会津の山には関心があるようで、特に会津駒ヶ岳には是非行ってみたいと言い、残雪の状態や適期などについて熱心に質問した。 この先に分岐点がある。 今まで通った事のない大倉高原山の家のある尾根筋の道を下る事にしたが男も一緒に随いて来た。 少し先で3、4人の若者が休んでいた。 「早いですね」と男が言われている。 昨夜塔ヶ岳の小屋に同宿したらしい。 間もなく小屋の前庭に出た。 横手の蛇口から水が流れ出している。 飲んで見たらとても美味しいのでザックからパンプローナの皮袋を引っ張り出して満タンにする(10:30/35)。  水で重くなったザックを担いで歩き出すとすぐに、「あの水、普段はひとり200円取るんですよ」、と男が言う。 こちらは知らぬが仏で、「この水は美味いや」、と小屋番に誉め言葉を言っただけで一円も払わずに来てしまったが、道理で小屋番が妙な顔をしていた。  12:40に大倉に着いた。 ラーメンを食べたいので男にサヨナラを言ってバス停の向かい側にある店に入る。 空腹だったのと汗を掻いた後だったせいで、とても美味しくラーメンを食べた。 店を出た後、バスの待ち時間にビジターセンターに入って見る。 丹沢の地形や動植物などが分かりやすく展示されていて色々参考になった。 昔、国内にこのような施設が殆どなかった時代に米国の国立公園や自然公園で覗いたビジターセンターの分かりやすい展示に非常に感心するとともに文化水準の差を感じた物だが、最近は我が国でも良く整備されたビジターセンターをあちこちで見るようになった。  展示を見終わってバス停に停まっているバスに乗り込んで行くと、何人か見覚えのある顔が並んでいる。 鍋割山荘でボランティアをしていて、夕食の時に隣同士だった熟年二人組の横に座る。 客を見送って後始末を済ませたあと、小丸から二股への尾根を下って来たと言う。 前の方の席には昨日のお昼からあと前後して尾根を登った即席麺男がいる。 「皆同じような所を歩くから同じような乗り物になりますねぇ」、と言いながら挨拶を交わす。  バスは13:38に発車。 渋沢、相模大野、中央林間と順調に電車を乗り継ぎ、午後のなかばに帰宅した。